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おしきせでない、
お金もうけでない、
お互いさまの気持ち
スタッフコラム
「松戸くらしの助っ人」を支えるスタッフたちの日常や活動の裏舞台。経験と個性豊かなメンバーが持つそれぞれのバックグラウンドを活かし、海外でのボランティア滞在記やプライベートな体験談まで、ここでしか読めないエピソードを自由気ままにお届けします!


ブラジルで介護をしようかな 2
母親が亡くなった翌年に介護福祉士に合格し、2019年秋に海外協力隊、ブラジル日系社会の介護職に応募して合格する事ができました。 そしてその翌年の三期生(秋)に訓練開始となるはずだったのですが、例のコロナ禍突入です。 派遣前訓練や派遣がどうなってしまうのかまったく不透明になり、3年が経過することになりました。 JICAには何回か取り合わせたけど、芳しい回答がなく半ば諦めていました。 ベリーズの首都で介護施設立ち上げをアセスメントから開始・・というのをオファーされましたが、私はケアマネでもなく一介の介護士、おまけに介護職になったのが定年後という経験の浅さ、専門性の無さです。ポルトガル語よりマシである英語で仕事をするにしてもです。 それを断り半ばあきらめかけていたら、ふと、応募要請ではないサンパウロ州スザノ市のイペランジアホームの介護職のオファーを受けました。 私の前に8代の隊員が既に派遣されている要請で、これは受けたいと思い応じることにしました。 2022年夏の事です。 合格したのが2019年秋募集。 そしてJICA駒ヶ根訓練所で訓練が開始されたのが
9月19日読了時間: 4分


ブラジルで介護をしようかな 1
私は結婚後、自営業として学習塾講師をした後に、国際NGOの会費や寄付金を集める資金調達の仕事をしました。 この仕事は営業職のような仕事だったのですが、毎年予算目標が立てられ、それが達成されたかどうかを常に問われるストレスの多い仕事でした。 一般企業の営業職などは、このようなものなのでしょうが。 この仕事はいつまでも続けられないと感じていたために、家のローンを返し終わるタイミングで介護職に転職しました。 福祉職について、若い頃から興味があり実際に目指そうとしたこともあったのですが、それが実を結ぶことはありませんでした。 そのため定年後の仕事は、ノルマ達成に追われることのない現場の福祉職をしようと思っていました。 父の死後、都内で一人暮らしをしていた母が認知症を発症しはじめ、かなりの距離の徘徊をしてしまった事をきっかけに、新松戸のグループホームに入居してもらうことになりました。前職の退職のタイミングで母がお世話になっているグループホームの経営母体の会社に問い合わせをしてみて、結果有料老人ホームのパートに採用となり、介護職として働くことになりました。
9月19日読了時間: 4分